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Hirai’s eye

スランプ脱却の鍵は「優先順位」

どんな選手もスランプの時期はあります。北島康介だって、アテネ五輪後はモチベーションが上がらず、翌年の日本選手権では敗北。入院するほどの病気やケガにも見舞われて、世間から「北島はもうダメだ」と言われたこともありました。北京五輪前に海外の高地トレーニングに行く予定でしたが、出発1週間前に北島は体調を崩して入院し、私は初めて彼を日本に置いていくことにしました。私と離れた彼は、思うように泳げない中、今までやってきたことを振り返り、自分で必死に考えながら泳ぎを見直したようです。私たちが合流した時、彼の泳ぎは格段に良くなっていて驚きました。それがきっかけで、北京五輪の結果につながっていったのです。

寺川綾もアテネ五輪で8位に入賞した後、結果を出せなくなり、北京五輪は出場すら叶いませんでした。それこそ彼女は長い低迷期を、時には私と本音でぶつかり合い、自問自答しながら乗り越え、ロンドン五輪で念願のメダルを掴んだのです。

長期的なスランプの原因は心理的な面が多く、スランプから抜け出す方法やきっかけは人によってさまざまです。しかし、共通して言えることは、「己を知る」ことではないかと思います。スランプから抜け出した選手は、自身と向き合い、本当の自分を知る期間をきちんと経ています。すると、恥もプライドも捨て、水泳との向き合い方が変わります。自主性と集中力がぐっと高まり、スランプを抜け出すきっかけになるような小さな成功体験を積み重ねていくのです。

己を知るためには自問自答し続けることが大事ですが、それが苦手なタイプがいます。自分の現状を受け入れられなかったり、悩みを人に言えなかったりするタイプです。過去の成績や成功体験にこだわる選手ほど、人に弱みを見せられない。「私はこんなはずじゃない」「こんなレベルではない」という意地もあるのでしょう。そうした思い込みやプライドは、スランプの原因の根源を曇らせ、見えづらくしてしまう。当人は薄々気づいているのだけど、気づいていない振りをしている場合だってあります。いずれにせよ、根源と向き合い解決しなければ、どんなに技術を修正しても勝負に勝つことは難しいのです。

昔、「POMS」という心理検査を北島康介や何名かの選手に受けてもらったことがあります。すると、北島は本音を言える選手ですが、本音を言えない選手ほど、建前で発言するという結果が出ました。そんな選手は自分の現状から目を反らし、理想像ばかり口にしてしまいます。現実と理想が乖離するほど、建前で自分を塗り固めてしまうので、相当なストレスを貯め込むはずです。そうしたストレスがレースでの緊張や泳ぎの固さにつながって結果が出せない。それが不調の根源だというケースは多いように思います。

 十分練習しているのに結果が出ない。そうした状態が続くと、不調の原因を「勉強や仕事が忙しいから練習に集中できない」「練習環境が悪い」「コーチや水着が合わない」などといった外的要因のせいにするようになります。焦れば焦るほどその傾向は高まり、些細なことで不安になるので、練習に集中しきれなくなる。少しでも不安を解消して万全な状態にと、仕事や授業をサボってマッサージに行くようになるかもしれません。書類の提出や連絡メールの送信、部屋の片付けなども含め、面倒だと思うことはすべて後回しにすることだってあり得ます。

当人は水泳を第一に思っての行動でも、やるべきことを面倒だからと後回しにするだらしない人が、水泳のことになればきちんとやり遂げられるかと言えば、私は疑問に思います。何よりも、細々した面倒な案件が頭に残っていると、本当に取り組まなければいけない大事な案件に集中しきれない気もします。「心技体」という言葉があるように、雑念があると泳ぎに集中しきれないのではないでしょうか。心を整えなければ、体も整わないのです。ですからスランプに陥った時ほど、自分のやるべき優先順位を見誤らないことが大事です。一見、遠回りに思えても、決してそうでないことの方が世の中には多いのです。

本音が言えない選手には、自分の本心に気づかせるようにコーチが促すことも大事だと思います。質問形式で問いかけ、心の不安などを選手自身の口から"カミングアウト"させる。人から言われるより、選手自身の口から吐き出した方がストレスも幾分か和らぎます。自分の首をしめるようなプライドなら一旦捨ててさらけ出した方が、心はスッキリします。そうして初めて復活への具体的な対処法を考えることができ、集中して取り組めるように思うのです。

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