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Hirai’s eye

五輪で勝つための思考力の磨き方

ソチ五輪が始まりました。日本人選手たちの活躍を見ながら、世界で勝つこと、メダルを獲得することの難しさをあらためて感じている方も多いと思います。それだけ五輪の舞台が特別だということです。

選手が五輪の舞台で結果を出すために、指導者には何が必要でしょうか。数多くの要素の中から、今回は思考をテーマにお話ししたいと思います。

競泳界は年々競技レベルが上がり、実力のあるベテラン勢はもちろん、新星たちも続々と登場します。そんな中で勝ち続けるには、選手の現状や海外選手との違いなどを分析した上で、その選手が最も成長する方法を創造する力が必要だと考えます。

例えば1993年、北島康介を世界で戦える選手に育てるための強化策として、高地トレ--ニングを始めました。きっかけは、大学生時代に読んだ『マラソンの青春』という本。著者である1968年メキシコ五輪男子マラソン銀メダリストの君原健二さんや指導者の高橋進さんの思考や結果をヒントに、「北島と高地トレーニングの相性はいいのでは?」と思い始めたのです(詳しくは、今号の『日経ビジネスアソシエ』の連載に書いています)。しかし、当時の競泳界では、「高地トレーニング=長距離選手のための強化手段」という認識が強く、康介のように体の線が細く、短距離タイプには向いていないと、周囲から散々引き留められました。もちろん、競泳短距離選手の高地トレーニングの実績もありません。誰もが反対する中で決断できたのは、私なりの考えがありました。できるだけシンプルに根拠を捉え直し、仮説を立てたのです。

例えば、高地は酸素が薄いので、同じ速度で泳ぐと乳酸が平地よりも溜まりやすい。だから、量をこなすためにスピードを少し落とします。でも、当時の北島には100mで世界一を狙わせようと考えていたので、スピードを落とした練習をしてもあまり意味がないと考えました。平地と同等のスピード練習を高地で繰り返せば、平地で泳いだ時には乳酸が溜まりにくくなり、今までより高い速度で泳いでも疲れにくくなるだろうと。この仮説を土台に、科学的な根拠を自分なりに把握した上で、高地トレーニングを開始。回数を重ねるたびに、私は選手の現状を見ながら仮説と検証を繰り返しました。高地での効果的な練習や、平地での調整といった独自の方法論を構築し、北島は高地トレーニングを重ねるたびに記録を伸ばしていったのです。

常識や前例をそのまま倣うのではなく、最高レベルに引き上げるための新機軸を見出すような方法論を考える。その創造する力が身に付いたのは、「なぜそうなるのか」という本質や根拠を知ろうとする癖が私にあるからだと思います。

親に聞けば、私は幼い頃から「なぜ地球は丸いの?」など、事象に疑問を投げかける子だったといいます。また、実家が洋裁店を営み、ものさしやはさみなどの道具を使って洋服を仕立てていく過程をずっと見て育ったため、学校で習う公式より、実社会から学ぶことの方に興味がありました。幼少時はそれほど勉強もしなかったので、知識が不足している分、自分の頭で何とかひねり出そうという癖がついていたのでしょう。

恩師からも、自分で考えることの大切さを、身をもって学びました。恩師の一人である東京スイミングセンターの先輩、青木剛先生は、人を育てるのが上手です。例えば、新米の私が何も考えず、「なぜあの練習をするんですか?」と質問をすると、「お前はどう思うんだ?」とおっしゃる。私はこんな質問をしていてはいけないと、はっとしました。それからは、「先生はこういう考え方だから、このような意図で判断されたのかな」などと考えて質問するように心掛けました。理解できない時は、「もう少し話を聞かせてください」としつこく聞き、少しずつ青木先生の思考を自分の中に浸透させていったのです。

大事なのは青木先生が下した判断内容ではなく、なぜそのような判断に至ったのかという思考です。考え方の本質を学ばなければ、実際に自分が判断する時に応用が効かなくなる。ノウハウを知るのではなく、「なぜそうなるのか」という根拠を追求することが創造力を磨くのです。

青木先生や恩師に学んだ時間は、後々重要な決断をする上でも支えになりました。例えば、アテネ五輪直前の米国五輪代表選考会で、北島の世界記録がブレンダン・ハンセン選手に破られました。その現実に弱音を吐けなかった私は、只々必死にアテネで金メダルを獲る方法だけを考えて過ごしました。私の判断一つで、競泳界の期待の星である北島が負けるかもしれない。もちろん誰も答えなど教えてくれません。苦しい時間でした。

そんな時に助けてくれたのは、自分の中にいる青木先生や恩師たちでした。私は思いました。「私が仮にこの決断をすれば、青木先生なら何ておっしゃるだろう」と。そうした思考のおかげで、自分の決断のブレなどを確かめながら確信を深めることができたのです。恩師から学ばせていただいた考え方は死ぬまで自分の中で生き続け、支えてくれるはずです。それが、人から学ぶことの大切さだと思っています。指導者が人から学ぶことの大切さをきちんと認識していれば、選手たちにも伝わります。北島を始め、教え子たちは、「平井先生ならどう考えるだろう」と思ってくれたのではないかと思います。それも五輪で戦うためにはとても大事なことだと考えます。

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